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「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾・村上春樹



何となくタイミングを逃していて、ようやく読んだ。期待していた以上に面白かったし、感じるところも多かったと思う。小澤征爾さんへのインタビューは2010年11月から2011年の7月にかけて、村上さんの自宅や海外などいろいろ場所で行われている。インタビューをするにあたって「好奇心の旺盛な、そしてできるだけ正直な素人の聞き手であることを心がけた」(「始めに」より)とあるけれど、当然のことながらただの素人ではない。だからこそ、クラシックにさほど詳しくなくてもワクワクするようなこれだけの話を引き出せたのだろう。小澤さんいわく「春樹さんはまあ云ってみれば、正気の範囲をはるかに超えている」(「あとがきです」より)そうだ。

<目次>
・始めに――小澤征爾さんと過ごした午後のひととき  村上春樹
・第一回 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第三番をめぐって
・インターリュード1 レコード・マニアについて
・第二回 カーネギー・ホールのブラームス
・インターリュード2 文章と音楽の関係
・第三回 一九六〇年代に起こったこと
・インターリュード3 ユージン・オーマンディのタクト
・第四回 グスタフ・マーラーの音楽をめぐって
・インターリュード4 シカゴ・ブルースから森進一まで
・第五回 オペラは楽しいグスタフ・マーラーの音楽をめぐって
・インターリュード4 シカゴ・ブルースから森進一まで
・スイスの小さな町で
・第六回 「決まった教え方があるわけじゃありません。その場その場で考えながらやっているんです」
・あとがきです 小澤征爾
・厚木からの長い道のり

音楽の話として面白いのはもちろん、小澤さんを含めた登場する人々の生き様の話でもあるのが興味深い。この本を読んでいる間に、たまたま『アルゲリッチ 私こそ、音楽!』を見た。これはアルゲリッチの実の娘が監督をしたドキュメンタリー映画で、娘だからこそ撮影できる母親の姿が映し出されている。アルゲリッチについては、第一回のインタビューのなかでグールドほどの勇気のあるピアニストがいるかという話題になり、ちらっと名前が挙がっている。いい意味でこの本に感化されていたと思うので、この映画も深く染みこんできた。

これから先は、ここで紹介されていた音楽をいろいろ意識しながら聴くのが楽しみだ。


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「日本文学100年の名作第9巻1994-2003 アイロンのある風景」



新潮文庫創刊100周年記念ということで、昨年の九月から各十年を代表する名作アンソロジーが毎月出版されている。あまり気にかけていなかったのだけれど、五月の新刊情報を見ているときにこの第9巻が目にとまり、どうしても読みたくなった。表題作の『アイロンのある風景』は村上春樹の短篇で、『神の子どもたちはみな踊る』に収められている。
1994年から2003年は「阪神・淡路大震災と復興。情報革命。変わるものと変わらぬもの。世紀を跨ぐ十年を彩る16編」ということだ。(日本文学100年の名作のサイト

<収録作品>
辻原登「塩山再訪」/吉村昭「梅の蕾」/浅田次郎「ラブ・レター」/林真理子「年賀状」/村田喜代子「望潮」/津村節子「初天神」/川上弘美「さやさや」/新津きよみ「ホーム・パーティー」/重松清「セッちゃん」/村上春樹「アイロンのある風景」/吉本ばなな「田所さん」/山本文緒「庭」/小池真理子「一角獣」/江國香織「清水夫妻」/堀江敏幸「ピラニア」/乙川優三郎「散り花」

ここに並ぶ十六名のうち九名が書いた作品を過去に読んだことがある。どの人の作品も何か心に残っているものばかりだったので目を引いたのだと思う。初めて読む作家の作品も含め、期待していた以上に深みのあるものばかりが紹介されており、読んでよかったと思える一冊だった。1994年から2003年は記憶に新しく、肌で感じられるからこそ作品を味わい深いと思うのかもしれない。

あえて好きだった作品を挙げると、「ラブ・レター」、「年賀状」、「さやさや」、「ホーム・パーティー」、「セッちゃん」、「アイロンのある風景」、「田所さん」、「庭」、「一角獣」、「清水夫妻」、「散り花」。

ちなみに、第10巻の『2004-2013 バタフライ和文タイプ事務所』も面白そうなので読むことにしている。


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「忘れられた巨人」カズオ・イシグロ



カズオ・イシグロの最新作『忘れられた巨人』は長編としては十年ぶり。原書の出版から二か月で日本語訳が読めるということもあって早速読んでみた。過去に刊行された作品『遠い山なみの光』、『浮世の画家』、『日の名残り』、『充たされざる者』、『わたしたちが孤児だったころ』、『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 』、『わたしを離さないで』をふり返ってみても、意外なほどに味わいの異なる作品を発表していることがわかる。この『忘れられた巨人』もカズオ・イシグロの懐の深さや、チャレンジャー精神のようものに感嘆しつつ、著者ならではのエッセンスが味わえる作品だった。

物語の舞台となるのはアーサー王伝説の世界、ブリテン島。主人公の老夫婦、アクセルとベアトリスはブリトン人で、人口六十人ほどの村に住んでいる。この夫婦を含め、住人たちの記憶に「霧」がかかっているようで、過去の体験や出来事を思い出せなくなっていた。あるとき、老夫婦は遠くの村で暮らす息子を訪ねる決心をするのだが、息子の顔も住んでいる場所も正確に思い出せない。とりあえず、近くの村を越えてサクソン人の住む村まで行けば何とかなる思い、二人は自分たちの村を後にする。

道中で若い戦士や少年、老騎士と出会い、助けを借りながら身に迫る危険を乗り越えていく。断片的に浮かんでくる過去の出来事と向き合うこともあるのだが、そんなときは記憶を取り戻すことへの恐れのようなものも感じている。記憶を薄れされている霧とは? なぜ昔のことが思い出せないのか? 息子のもとにたどり着けるのか?

物語は四部構成になっており、第四部の最終三章でそこはかとなく漂う悲しみの正体を突きつけられるようだった。『日の名残り』や『充たされざる者』、『わたしを離さないで』などを比較できないのと同様、この『忘れられた巨人』も著者の新しい形の小説なのだと思う。とはいえ、鬼や竜や妖精が出てきても、描かれているのは人の心とその痛みであることに変わりはないし、最終章の一人称語りでちょっとした衝撃を覚えた。

アーサー王伝説のことをほとんど知らなくても、現代世界に通じる悲しみを感じられる作品だったと思う。

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「辺境・近境」 村上春樹



1998年に出版された旅行記『辺境・近境』を読み返してみた。最後に読んでから十年以上経っているので忘れているところもあったし、また新しい発見もあっていつものことながら楽しい時間を過ごした。執筆から二十年近くの年月が流れているので、状況が変わっている部分もある。それでも、全体としては違和感を覚えることなく、すーっと染みこんでくるし、現在の著者に通底する態度というか声がある。

<目次>「イースト・ハンプトン 作家たちの静かな聖地」「無人島・からす島の秘密」「メキシコ大旅行」「讃岐・超ディープうどん紀行」「ノモンハンの鉄の墓場」「アメリカ大陸を横断しよう」「神戸まで歩く」

1990年から1997年にかけて一人、あるいはカメラマンや安西水丸さんとこの七つの旅に出かけている。初めて読んだ1998年当時は、香川県といえば讃岐うどんだとは知らなかったし、ましてや「中村うどん」に行列ができるようになるとは思いもしなかった(笑)。またモンゴルという国にしても、今ほどモンゴルの風景がテレビで流れることはなかったと思うし、大相撲の力士を通じて親近感を覚えることもなかった。そういう意味では、あらためて確認するように読むこともできる。

それにしても、これほど気力と体力のいる旅に次々と出かけてしまう村上春樹という人はすごい。おそらく、若いころバックパックを背負ってあちこちを旅行した経験があったからこそ・・・・・・という気がする。今だからこそ感じるものもあったので読んでよかった。

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「暗いブティック通り」パトリック・モディアノ



2014年にノーベル文学賞を受賞した、フランス人作家パトリック・モディアノの小説を初めて読んだ。スウェーデン・アカデミーが発表した授与の理由「記憶を扱う芸術的手法によって、最もつかみがたい種類の人間の運命について思い起こさせ、占領下の生活、世界観を掘り起こした」(朝日新聞デジタルより)と重なるような、一見推理小説を思わせる不思議な作品でとても面白かった。

私立探偵社で働く男、ギー・ロランは記憶喪失で自分が何者かわからない。雇い主のユットはこの探偵社をたたむことにするのだが、事務所はそのままにしてギーに鍵を一つ預けるという。ギーはこれまでに得た手がかりを頼りに、本格的に自分の過去を探り始める。人を訪ねて話を聞き、写真をもらったりしながら、自分の過去をたぐり寄せていく。

展開の面白さで話に引き込まれる一方で、事実が明らかになったらすっきりと霞が消えるのか、過去の事実が現在の自分に何を与えてくれるのか、自分が自分であるということは? というような根源的な思いが漂っている。

ほかの作品も読んでみたい。


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「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ



先日、カズオ・イシグロの十年ぶりとなる新作長編『The Buried Giant』が出版された。たいてい日本語版が出るのはずいぶん後になるのだけれど、今回はとにかく早い。四月下旬に土屋政雄さんの訳で『忘れられた巨人』が刊行されるというので、とても楽しみにしている。そんなこともあって、この『遠い山なみの光』を読んだ。

これは1982年に発表された作品。長崎と英国を舞台にし、物語は女性が中心となって展開する。悦子、佐知子、万里子、景子、ニキという名の女性たちが登場するが、もとは英語で書かれているので漢字は翻訳者が当てている。人名はカタカナ書きにしようと考えていたところ、著者から漢字表記を予想している連絡をもらい、「その音にとってなるべく一般的な表記を用いることにした」そうだ。

戦後まもない長崎で夫と暮らす悦子は、近所でうわさになっていた佐知子と近しくなっていく。ところが会話を重ねても話は噛み合わず、相手のことがよくわからない。戦争を経て価値観の変わってしまった日本で身の置き所が定まらず、それでも希望は捨てていない感じがまさにカズオ・イシグロの描く世界だったように思う。どんなに噛み合わなくとも会話が素晴らしく、ふと映画『東京物語』が思い浮かんだりするし、作品全体に流れる不条理な感じは、後に書かれる『充たされざる者』を思い起こす。

日本の長崎を中心とした日本人が登場する物語でありながら、それを英語で読んでも人間の普遍的な思いは伝わるということなのだろう。そういう意味では、英語からの日本語に翻訳された作品であることが素晴らしく思える。


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「母の遺産―新聞小説」水村美苗



もうずっと昔に、夏目漱石の未完の遺作『明暗』の続編として発表された『續明暗』を読んで以来、折に触れて水村美苗さんの作品を読んでいる。私が手にした単行本『母の遺産―新聞小説』の帯には、「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」という衝撃的な文字が並んでいた。

「ママ」とは、姉・奈津紀と妹・美津紀の実の母である。姉妹は世田谷の千歳船橋の家で育ち、美津紀も五十歳台となっている。物語は三人称で展開するのだけれど、常にこの美津紀の視点で描かれる。生まれ落ちた境遇がいわゆる配られたカードであり、人はそこから人生をスタートさせる。手が悪いことに親が気を揉み、あれこれ手を差し伸べてやることもある。そうやって美津紀の父母、祖父母から生を受け継ぎ、姉妹も自分の家族を持つようになった。

母親に介護が必要となったことや人生経験を重ねたことで、「自分のことを不幸だと思う権利などない」と信じて生きてきた美津紀も「自分がそう幸せだと思えなくなって」いることに気づく。子供時代から現在までの人生、両親と祖父母の人生をふり返る。いつまで続くかわからない介護、生活資金、夫婦の関係、自分にも迫りつつある老いの問題。女性として共感できると同時に、身につまされ、胸が痛くなるような思いがする。それでいて物語の底には「新聞小説」の存在があり、小説に魅了された人生があるのだった。

人に対する愛憎の念、許し、幸せ、生きること、死ぬことを親子三代の物語としてとらえた、とてもいい作品だと思う。


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「わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい」鴨居羊子



鴨居羊子さんという方も、チュニックという下着メーカーも知らなかった。書店で文庫本を眺めていたら、この『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』というタイトルが目に入り、読んでみたくなった。読み始めてすぐ、だいぶ昔に書かれたものであることはわかった。インターネットで調べてみたら、最初に出版されたのは1973年(三一書房)。私が手にしたのはちくま文庫から刊行されたものだが、巻末に底本は三一書房版と書かれているので、当時の空気や言葉の使い方、生活の様子がそのまま伝わってくる感じがした。今日の書籍では目にすることはないであろう表現を味わえる。

鴨居羊子さんは1925年に大阪に生まれ、1991年に亡くなっている。新聞記者を辞めて、ひとりで女性向けの下着を作りはじめ、1956年に「チュニック制作室」(チュニックの現ウェブサイト)という下着メーカーを立ち上げた驚くべきパワーの持ち主が綴ったエッセイであり、胸に迫る内容だった。

「愛着すら残らない単なるメリヤスのシャツやメリヤスのシュミーズ」ではなく、「実用的なことが同時に美しいというわけにはいかんもんだろうか?」という思っていたところに、小さなピンクのガーターベルトとの出会いがあった。当時もらっていた月給が17,000円、このガーターベルトは1,500円。それを思い切って買ったことが新たな展開へ踏み出す一歩となった。

当時は斬新と思われた下着のデザイン、素材の手配、製作、販路の開拓、会社の立ち上げ。個展やショーを開き、少しずつ規模を大きくしていく。人との出会いがあり、経営者であるがゆえの息苦しさや母親の病があり、動物たちがいる。ここに書かれていることは人生のほんの一部にすぎないし、ユーモアたっぷりに淡々と書かれているのだけれど、それでも圧倒されるというか胸にじわじわ沁みてくるのだった。


鴨居羊子の書籍

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